黒塚‐KURODUKA‐(本

黒塚

黒塚

すっかりと寒くなってきて、日本海側は雷やら霰やらがドカドカ降ってくる季節になってしまった。おかげで家に引き篭もりがちになり、本を読む時間も自然と増える。まぁ元から引き篭もりがちだけどさ。
さてまたまた夢枕獏で申し訳ないが、これもまた凄い。『黒塚』だ。
〝黒塚〟とは福島の安達ヶ原にある鬼婆伝説を下敷きにした能の演目の一つである。旅の法師たちが奥州安達ヶ原で一夜の宿を請うた家には、老婆が一人住むのみ。深夜老婆は一人用を足しに外出するが、法師たちには、決して奥の閨(寝床)をのぞくなと言い残す。好奇心に負けて閨をのぞくと、そこには死体の山。つまりその老婆は人を食う鬼婆であった。命からがら逃げる法師たちを追って鬼婆が迫るが、最後には祈祷に負けて夜の嵐の中にその姿を消す…。大体こんな筋立てである。
さて『黒塚‐KURODUKA‐』の物語は日本中世、奥州の山奥から始まる。山中を進む二人の山伏。何を隠そう源義経武蔵坊弁慶である。鎌倉方から逃げる道程、日暮れの山中で彼らは一軒の明かりを見出す。こんな山中になぜ…と思いつつも一夜の宿を請う二人。家の中から現われたのは一人の美しい女。その女は黒蜜と名乗った…。そして女の秘密とは、不老不死の血を吸う鬼であることで…。
つまりもう義経伝説+安達ヶ原+吸血鬼! 取って置きのダメ押しというヤツである。夢枕獏の伝奇小説としては新しい方に属するわけだけども、これは傑作である。中世奥州から東京大空襲そして遥か文明崩壊後の未来まで!いっきにぶっ飛んでいく世界。主人公、義経ことクロウは、謎の女黒蜜に導かれその悠久の時を駆け抜けていく。
途中に現われる展開は半村良の歴史伝奇のようでもあり(東京大空襲まで話が飛ぶとこなんかは『産霊山秘録』に似ている。)、またミュータントの跋扈する未来世界や都市は菊地秀行の伝奇小説のようでもある(『吸血鬼ハンターD』とか)。さらにこじつければ時を超えて生きる吸血鬼となりながらある事情で不完全な存在であるクロウは『JOJOの奇妙な冒険』のあの男を彷彿とさせる(そういえば『バオー来訪者』にコメントを寄せたのは夢枕獏だ!)。
ジェットコースターのように疾走し失踪する時の中で、いろいろなガジェットが詰め込まれていながらも『愛』が常にその物語の底に流れている。途中は「ああこれはDIO状態なんだな」とわかるわけだが、最後のあっと驚く展開は全く読めない。
最後まで読めばクロウと共に時の彼方へ走り出したくなるような、そんな作品である。