『産霊山秘録』半村良

産霊山(むすびのやま)秘録 (ハルキ文庫)
村上龍は、様々な職業を経ていよいよ最後になる職業というものが『作家』だと言ったが、「紙問屋の店員をはじめバーテンダー、クラブの支配人など三十近くの職業を転々とした」半村良ほどその意味にピッタリの作家もいない。
さて産霊山秘録(むすびやまひろく)である。
秘文書『産霊山秘録』*1によれば、戦国時代正親町天皇の勅令により、世の戦乱を治めるために動き出した一族がいた。高天ヶ原に最初に現われた三柱の神の一柱『高皇産霊神(タカミムスビノカミ)』を祖と仰ぎ、日本各地に点在する霊場『産霊山(ムスビノヤマ)』を探索する一族である。彼らは古くは天皇家よりも高位に位置したと言われ、時代が下るにつれ特異な能力をして御所の忍として活動するようになった。彼らの悲願こそは、日ノ本のどこかにあるという生きとし生けるものの願いを叶える最高の産霊山『芯の山』を見つけることである。その名を『ヒ一族』。
このヒ一族にまつわる逸史の物語が本作というわけである。凄まじいのはそのイメージの連鎖。ヒ一族の『ヒ』とはつまり、産霊(ムスビ)の『霊』に当たる『ヒ』なのだけが、日吉、比叡、日枝、日野宿、日置、比木、さらに常陸国鹿島神社、信州諏訪、善光寺etc…現在の日本に残る『ヒ』の名残を残す地名や大霊場こそは、産霊山の霊場の名残であるというのだ。もちろん『日本』こと『ヒノモトのクニ』とはそういう意味なのだ。この産霊山というのは、各地域に存在する生けるものの明日への願い、つまり生命のもつ何らかのエネルギー(意識?)が集る場所とヒの一族は考えている。ヒはこの霊力が集う霊地を探す力を持ち、またそのエネルギーの塊となって瞬間移動することができるってのだからもう! 鏡、珠、音叉の三つの器物で構成される『神籬』によって、彼らは日本各地を縦横に飛び回り、逸史の内で歴史を動かしていく。戦国時代のヒとは、なんと明智光秀山内一豊*2、中井藤右衛門、藤堂高虎、猿飛佐助そしてもちろん南光坊天海!まさにそうそうたる顔ぶれである。彼らは、時に戦国武将として、時に忍――シノビの術とはつまりヒ一族がかつてその宗家であったということになっている!――として、影に日向に歴史に干渉する。織田信長を盛り立て、武田信玄を暗殺し、徳川家康を援助し…その結果、皇統を護ろうと考えていたヒ一族は『ネ』と呼ばれるしっぺ返しを受けることになってしまう。本来中立であるべき彼らが、あまりに歴史に干渉した結果として受ける災いと考えられているのが『ネ』*3である。彼らが支援した織田信長は、結果として皇室を潰し、日本を全く異なる国家へと革新しようとしていたのである。これに対してヒであった明智光秀は、やむなく信長を殺すことになり…。というのが本能寺の真相だった!南光坊天海と光秀は兄弟の間柄であり、天海こそはヒの一族の長であり、彼はヒの一族の責任として後々まで徳川家康を補佐する事になるのである。
戦国時代だけでも↑コレである。さらには、江戸時代の鼠小僧もヒの一族、水野忠邦霊場の秘密を知っており陰謀を張り巡らせている男。さらに時代が下って幕末では、なんと坂本龍馬新撰組もヒの末裔なのだ! 戦国時代から幕末まで、どのようにして彼らが『ヒ』とリンクしていくかは最高に怪しい部分である。
高田馬場の地下には次元を歪める装置を有する銀色のドームがあり、東京地下や信州の各所には次元が歪んでいる洞穴が存在するとか、そもそも空間跳躍に使う『鏡』の紋様こそは超集積回路であったりとか、ヒの用いる空間跳躍の行きつく先はなんと月面であったりとか、もうやりたい放題である。さらには実は世界中の聖地霊場は産霊山であり、それを追うのは『エ』と呼ばれ…オイオイどこまで壮大になるんだよこの話!!と思う間に怒涛が引くように物語は終わってしまう。
壮大なSF的なガジェットを織り込みつつも、飽くまでも半村良は新説本能寺、新説幕末史などが繰り広げられ、歴史の影で運命に翻弄されてゆくヒの末裔達を描いてゆくのである。そして物語は、序盤で戦国時代から太平洋戦争時の東京へタイムスリップした若きヒの一族『飛若』を中心とする話で締めくくられる…。「生きとしいけるものの明日への願い」を叶えることを悲願としたヒの一族の行末は是非手にとって確かめてもらいたい。
伝奇小説の肝とは、ああもう何でこんなこと考え付いちゃうんだ!という新鮮な驚きにある気がするが、おなか一杯そういう気分にさせてくれる本作。『日の一族』でありながら常に逸史の『影』にあった、そんなジョーカー達の物語である。
さて以下は蛇足。
SF的な設定から推察するに恐らくヒの一族とは、上古の昔地球に降り立った異星人、それも恐らく恒星間文明を築き、地球生命とは違った生命形態を持った知性体の末裔なのだろう。ムスビの山とは彼らの交通手段であると同時に、通信手段であり、これらを用いて星から星へと文明を伝播させていったのだ。翻って『霊』は「ヒ」でありまた別の読みをすれば「チ」である。これは『オロチ』『イカズチ』*4などのように、自然界の持つ巨大な威力を象徴する言葉でもあったわけで「生きとし生けるものの明日への願い」とは即ち、自然現象の背後の存在する巨大なエネルギーのことなのだ。それが集積され、やがて宇宙へと渡ってゆくというのは、なんだかアカシックレコードとかそういうイメージにも繋がっていくわけだが、半村良がどこまでその辺りを考えていたかは分からない。そういうSF的な設定、世界観だけでもう僕などは十分明日への夢を見てしまえる!
しかし何がスゴイって、そういうSFガジェットのみに頼らず物語を運行するパワーなのだ。さりげなくそうした余りにも壮大な背景を匂わせることで逆に生き生きとヒの一族たちの生き様が浮かんでくる。戦国の動乱から浮きつ沈みつヒの一族たちが産霊山を求めて流離う。恐らく超古代一万数千年の昔から。そして現代へと連なり物語は終る*5けども、きっと地球を遠く離れた他の惑星でも、彼らのように無限の漂泊を続けている存在がいるのかもしれない…。なんとも素晴しいじゃないですか。
産霊山秘録。こいつは『イノチ』の秘録なのだ。

山内一豊もやったし、さぁ次の大河ドラマはコイツに決まりだな(;゜Д゜)

*1:これとさらに冒頭でも引用される『神統拾遺』が本作における種本…かと思いきや、ラヴクラフト作品や魁!!男塾なみの偽書っぷりである。特に『神統拾遺』なんていかにも本当にありそう! 半村良が堂々と書くものだから実在してんのかと思っていると、ラストで素晴しいオチが待っている!

*2:遠州掛川三万石を与っていた一豊は後に土佐に移るわけだが、掛川近郷には『日坂(ニッサカ)』が存在する。ここもやっぱり産霊の霊場があったのだろうか?

*3:ネってなんだ? 思い浮かぶのは『根の国』である。『根の国』とは冥界にして「魂がそこから来た根本の場所」として日本の宗教意識のなかで考えられていた場所らしい。沖縄のニライ・カナイやアイヌのポクナ・モシリなどとも類似が認められるような異世界。この作品でいうと異星人たちがやって来たところということか? まぁつまり『妖星伝』を読めということなのだ。

*4:『蛇』や『竜』が文明を与えたり大地を作った偉大な霊『グレートスピリット』としてイメージされるのは世界中に共通した伝承である。ひょっとすると超古代に地球を支配していた『タカムスビノカミ』は蛇体をイメージさせる生命体だったのかもしれない。作中のオシラサマもちょっとそんな感じだ。

*5:現代までいっても終らずに突き抜けたのが獏先生の『黒塚KURODUKA』である。